「セブン・シスターズ」 ノオミ・ラパスのメイクはなぜ濃いか?

セブン・シスターズ

 「セブン・シスターズ」が公開されました。今週から大作「ブレードランナー2049」が公開されるためか公開館は少なめとなっていますが、もともとはNETFLIXオリジナル作品。人口過剰に陥った管理社会、すなわちディストピアを書いた直球のSF作品です。監督は「処刑山」のトミー・ウィルコラ。冬の雪山でのナチスゾンビ・ホラーコメディ出身とは思えない、練られた脚本の光る重厚でダークな作品となっていました。

 本作で注目されるのは主演・ノオミ・ラパス「七姉妹演じ分け」です。人口削減のため、極度な一人っ子政策が実施された管理社会で生まれてしまった七つ子を守るため、その父親は七人に日替わりで表に出る一人=カレン・セットマンを「演じさせる」ことで監視の手を逃れ、それから30年が経過したところから物語が始まります。曜日の名が与えられた「マンデー」「チューズデー」「ウェンズデー」…らの演じるカレン・セットマンは30年の間にそれぞれ全く異なる人間となっています。そしてとあることから政府に彼女らの真実が露見し、一人、また一人と消されていく…というサスペンスが本作の主軸となります。

 さて、彼女らの演じるカレン・セットマンですが風貌はかなり特異なものです。きっちり引かれた太い眉、黒髪、白塗りの肌に極度に赤い口紅と非常に目立つ、若干ぎょっとするようなそのメイクには元ネタが存在します。それは冒頭に掲げた本作の原題とも関わってくるのですが、本記事では「人口過剰SF」である過去の類作、ならびに同作について内容に触れながら、更にはたびたび映画ニュースにあがる「ブラックリスト」について説明していきます。

 以後、最大限のネタバレが含まれます。

What happened to Monday ... メイクはなぜ濃いのか

 まずこの「What Happened to Monday?」という原題、ならびに本作の結末の展開――すなわち加害者と被害者の逆転、というプロットからから真っ先に浮かぶ映画が一本あります。1962年公開、"What Ever Happened to Baby Jane?" =邦題「何がジェーンに起ったか?」です。「サンセット大通り」と並びクラシック時代の名作サスペンスホラーとして繰り返し名の挙がる作品であり、2017年10月現在スターチャンネルでは主演女優2人が本作の裏で行っていたハリウッドの内幕対立劇「フュード/確執 ベティ vs ジョーン」が放送されています。

 自らが酩酊状態で起こした自動車事故のため姉・ブランチを半身不随にしてしまった妹・ジェーン。それぞれかつては演技派女優、子役スターとして華々しい生活を送っていた2人は事故以来隠遁生活を送るようになり、年老いてからも屋敷からほとんど出ない生活を送っていました。”ベイビー・ジェーン”としての生活を忘れられないジェーンは自分を縛り付ける姉・ブランチの面倒を見ながらも次第に暴力と狂気に飲み込まれていく……というストーリーそれだけでも非常に恐ろしいのですが、本作の白眉は実は事故の原因はブランチの側にあり、ジェーンの暴力に耐え、世話をさせ続けることでこの屋敷に閉じ込めること、それこそがブランチにとっての復讐――子供時代、誰からも愛される”ベイビー・ジェーン”として親との寵愛を受けて育ち、聴衆の前で自分を侮辱した妹への――だった、という加害者と被害者の逆転、が描かれる、主演二人の怪演もさることながら、脚本的に非常に優れた作品です。

 さて、その主演2人の顔がこちらです。(左が姉ブランチ、右が妹ジェーン)

何がジェーンに起ったか?

 モノクロ映画のためかなりわかりづらくなっているかと思いますが、姉ブランチは黒髪の太眉、妹ジェーンは白塗りにどぎつい口紅と、本作において7人のノオミ・ラパスによって演じられる人格=カレン・セットマンはこの二人の性質を併せ持つような容貌に作られており、すなわち妹の「事故」=指の切断に苦しめられる姉、そしてその姉に実は陥れられていた妹たち――という展開を予見するものになっています。脚本の初稿時、もともと7人の男兄弟の設定だったセットマン一家は、監督の手により女性へと変更されています。この際脚本のタイトルもプリプロ時は邦題と同様の"Seven Sisters"であったものが、Netflixによる製作決定後再度"What Happened to Monday?"に戻されているのは、元ネタである「ジェーン」に対するオマージュではないか、と思います。本作はSFサスペンスでありながら、「ジェーン」同様、姉妹間の嫉妬と関係性の崩壊・歪な形での修復を描いたホラー作品でもあるのです。

過剰人口SF「2BR02B」

 人口が地球の限界を超え、食糧難、環境問題が頻発し、政府が出産数を制限する――といったSFは多数あり、例えば映画では"Zero Populatiion Growth"(邦題:赤ちゃんよ永遠に)、「ソイレント・グリーン」があります。「ソイレント・グリーン」は極めて有名な食糧不足に伴う人肉食のシーン、ならびに人間による人間の飼育を示唆して終わる作品ですが、原作版小説は冒頭の殺人に尺を割きながらもより淡々と人口爆発によって終わっていく社会を書いた「人間がいっぱい」であり、こちらに人肉食のシーンは出てきません。更に漫画では藤子・F・不二雄が「定年退食」や「間引き」として描いています。いずれの作品も1966年~1975年頃に発表されており、高度経済成長に伴う人口爆発の恐怖を描きながら、1979年から開始された中華人民共和国の「一人っ子政策」を予見した作品となっています。

 それらのうち本作の設定に最も近く、更に最も先行して書かれた作品はカート・ヴォネガット「2BR02B」。1962年、ワールズ・オブ・イフ紙に発表されたショート・ショートでしょう。翻訳版は『バゴンボの嗅ぎタバコ入れ』(早川書房)に収録されています。
 人口が4000万人に固定されたアメリカ。子供を産むためには、生きるのに飽きた者を探し、代わりに死んでもらわなければいけない、という奇抜な設定が登場します。

 ヒッツ博士は彼女に会釈をし、分娩室へ通じるドアへと歩きだした。「いまどんな子が生まれたと思う? 当ててごらん」「わかりませんわ」「三つ子なんだよ!」「三つ子ですって!」彼女の驚きは、三つ子の誕生が示唆する法的可能性を考えてのことだった。
 法律によれば、ひとりの新生児の生存には、それに代わって死を志願する人間がひとり必要であり、両親が志願者を見つけてこないかぎり、生存は許可されない。三つ子をみんな生かしたいなら、三人の志願者が要求されるのである。

カートヴォネガット;浅倉久志;伊藤典夫.バゴンボの嗅ぎタバコ入れ (Kindle Locations 6054-6060)..Kindle Edition.

 安楽死施設を「イージー・ゴー」と呼ぶなど、病気も老いも根絶された管理社会を終始とぼけた口調で語るものだからなかなか笑ってしまうのですが、誰よりも早く人口抑制社会ネタを書いているあたり、やはりヴォネガットだなと思うところです。タイトルの"2BR02B"は連邦終止局=Federal Bureau of Terminationの電話番号であり、"To Be or Not to Be”のもじりとなっています。

 「連邦終止局です」ホステスの温かい声がひびいた。「できるだけ早いほうがいいんだが、アポイントメントはいつ取れるかね?」彼は注意深くきいた。
「きょうの午後遅くには時間がとれます。キャンセルがあれば、もっとお早くなりますが」「それでいい」と画家。「予定を入れておいてくれ」
そして自分の名前とつづりを教えた。「ありがとうございます」とホステスはいった。「あなたのお申し出を、あなたのシティと国と惑星に代わって感謝いたします。でもそれ以上に、将来の世代はあなたに心から感謝するでしょう」

カートヴォネガット;浅倉久志;伊藤典夫.バゴンボの嗅ぎタバコ入れ(Kindle Locations 6121-6127)..Kindle Edition.

"BlackList"について

 本作は"BlackList"に登録された脚本です。こちら日本のメディアではたびたび「映画化が実現していない優秀脚本」ということで、ブラックリストという言葉の使われ方からあまりいいイメージが沸かないのですが、その実態は単純に脚本家・エージェントとプロデューサー・監督のマッチングサイトです。登録可能なのは映画関係者のみ、年に一度のアンケートによって優秀作が発表され、アワードとして名前があげられた作品は買われる可能性が高くなる、ということです。

 ざっと通年のリストを見てみると本作のような尖ったSFやホラーも確かに見受けられますが、とにかく「事実をもとにしたドキュメンタリー」の得票数が非常に多いように思います。本作「セブン・シスターズ」は2010年度版で得票数15。この年の上位を見てみると「ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命」が得票数47、「オール・ユー・ニード・イズ・キル」が45票、その他「アルゴ」、「トリプル9/裏切りのコード」、「デンジャラス・ラン」などが上位につけており、一定以上の得票数の作品は高確率で映画化されているという印象です。
 他の年での既映画化作品では「メッセージ」「女神の見えざる手」「グレース・オブ・モナコ」「ハッピーボイス・キラー」などが上位に名を連ねています。中でも各年の1位が40~60票程度であるのに対し、ベネディクト・カンバーバッチ主演「イミテーション・ゲーム」は2013年のリストにおいて、133票という圧倒的大差で1位となっています。

 その他未映画化作品としては、マイケル・ジャクソンの飼っている猿のバブルス君を主役としたパペット・アニメーション"Bubbles"(2015/44票/1位)、マドンナがファースト・リリース・ツアーで見た音楽界への失望を書く"BLOND AMBITION"(2016/48票/1位)、アメリカの投資家スティーブン・A・コーエンのドキュメンタリー"DARK MONEY"(2016/25票)など、非登録者は脚本を読むことはできませんがあらすじだけでも面白そうな作品が並んでいます。

告知

「新感染」「ソウル・ステーション」に続き、ネタバレなしの寄稿をしています。
巨大予算の話題作、といったものは最近あまり見れていないのですが、引き続きのんびりやっていく予定ですのでよろしくお願いいたします。