「ゲット・アウト」の伏線芸 どうして「鹿」で「綿」なのか

 「ゲットアウト」が公開されました。
 メインストーリーについてのネタバレは別記事に記載しているため、こちらでは触れきれなかったこと、および前回全く気づかなかった伏線について拾い書きしておきます。
 とはいってもほとんどがブルーレイ版監督コメンタリーで触れられていることですので、更に詳しく知りたい方は輸入盤を買うか、日本盤でのコメンタリー収録を待つのがオススメではあります。

 上記記事、及び本記事には物語の核心に触れる部分が多数含まれます。

「鹿」が意味すること

ゲット・アウト

 冒頭、鹿をはねて殺してしまうシーンでクリスの免許提示を求められるシーンにて、ローズは差別的待遇に反発したように見えます。
これはローズ=反差別主義者であるということを示す単純なキャラクター描写と黒人の地位についての描写ではなく、クリスの(一時的な)失踪後、「クリスとローズが2人でいた」ことが警察の証拠として残ってしまうことを危惧したものです。更にはクリスが母親を思い起こし鹿にシンパシーを感じるのに対し、ローズはそれを気にもとめません。またこのシーンで死亡している鹿はブラックバックのメスであり、Black Buck「Token Black」「Magical Negro」に似た、粗暴さで白人の女性を襲う(といった偏見に基づいた)黒人男性に対するスラングでもあります。後述する映画「國民の創生」では英雄であるKKKが排除する悪辣な黒人たちとして、そのままのキャラクターが登場します。
 …また鹿="Deer"は「彼女を作ろうとして失敗する男」スラングであり、さらにより単純にいえば「鹿狩」=Deer Hunting、つまり「文化として殺される対象」という黒人の歴史に類似した存在でもあります。

クリスの部屋の写真について

ゲット・アウト 伏線2 クリスの職業がフォトグラファーであることから、彼の部屋には多数のモノクロ写真が飾られています。モダンな室内を彩る写真ではありますが、不吉な予感を漂わせながら…

ゲット・アウト 伏線3 3枚目。白人の少女が黒いマスクを被っています。
 そのまま映画の今後の展開――黒人の皮をかぶった白人、を暗示させる1枚です。

登場する日本人は誰?

ゲット・アウト 伏線4 カタコトの英語で笑顔を振りまく老人ですが、この手の映画では珍しく中国人や韓国人ではなく、大山泰彦氏という日本人です。彼は役者ではありません。国際大山空手道連盟最高師範というれっきとした空手家です。彼が「入れ替わるため」にここに来たのか、それとも既に「より強い人種に入れ替わっている白人」としての存在なのかは示されていませんが、彼がクリスに出す質問が黒人の「利点・欠点」であるところがまたそれを曖昧にしています。黒人になることでより強くなれるか、を考えていたら面白いのですが。
 大山氏は以下のブログにて映画撮影時の裏話を披露しています。
 国際大山空手道連盟 WORLD OYAMA KARATE ORGANIZATION - エッセイ「汗馬の嘶き」

父親の台詞の断片

ゲット・アウト 伏線5 彼らがメインに動き始めてからがこの映画の恐怖となるわけですが、いくつかのセリフから今後の展開の伏線をびっしりと張っています。「父と母が死んだとき、使用人を手放すことはできなかった」というセリフは当然その中身が父と母に変わったからであり、陸上競技で黒人に勝てなかった祖父はその後、使用人の姿となり夜の走り込みに精を出すことになります。

ゲット・アウト 伏線6 また彼が語る「地下室の黒カビ」とは当然その後のクリスの地下監禁を意味しており、「母の愛したキッチン」には、現在母そのものである使用人がいます。この部分は英語版では"My mother loved her kitchen,so we keep a piece of her in here."。直訳すると、「母はキッチンが好きだった、だから彼女の一部をここに残してある――」というわけで、それはすなわち彼女の脳、ということになります。

ゲット・アウト 伏線7 地下室に監禁されたクリスは縛られた椅子から綿をつまみ取り、ミッシーの催眠から逃れます。これはpicking cotton=すなわち19世紀初頭、大規模なプランテーション農業によって酷使された黒人たちの綿花摘みの歴史を表しています。母親ミッシーの催眠道具、銀のスプーンが表すborn with a silver spoon=上流階級の生まれ、に対する概念のメタファーとして綿をつまむ黒人奴隷がここで表されています。

車内の鉄兜

ゲット・アウト 伏線8 逃げ出したクリスが乗り込んだ車内に発見する銀兜ですが、これはオープニングの誘拐犯が着けていたものと同じです。西洋甲冑の兜、そして乗り込んだ先が白い車、といえばもちろんこれが暗示するものは白人至上主義団体・KKKです。現在では白いローブに赤い目と宗教団体のような容貌となっていますが元々の彼ら――現在まで存続しているKKK――が復活するきっかけになった映画、前述の「國民の創生」のポスターに描かれている姿は以下のようになっています。ほぼそのまま、と言っていいのではないでしょうか。

ゲット・アウト 伏線9
 またこのシーンで掛かっている曲はRun Rabbit Run。「農夫がお前を狙ってる、パイにされるぞ、走れ、走れ!」という詞の並ぶ陽気さが歪な歌ですが、冒頭のシーンの奇妙さを引き立たせています。

ゲット・アウト 伏線10 このシーンで「誘拐」されたのは自称ローガンの彼ですが、使用人二名と同じく彼も劇中帽子をとることはありません。また彼ら――偽装された黒人がカメラのフラッシュで我に返ることについては前述の記事でも記載しましたが、白人警官による暴力をスマートフォンカメラで告発するという行為が多発したエリック・ガーナー窒息死事件以降、無法な暴力に対する抑止力として「撮影」が機能していることのメタファーとなっています。

ローズの夜食

ゲット・アウト 伏線11 黒いストローの突き刺さった牛乳と色とりどりのシリアルが混ざることはありません。このシーンの彼女の服装も含め、非常にわかりやすく白人至上主義のメタファーとして機能しています。

 そのほか、変更されたもうひとつのエンディング及びその理由、ならびにクレジットテーマ曲の解説、その他の伏線は以下の記事で触れていますのでそちらをご参照ください。