【17年9月・10月】「ソウル・ステーション/パンデミック」「我は神なり」記事を寄稿しました

ソウル・ステーション

 「新感染」に続き、「ソウルステーション」についてネタバレ含レビューを書いています。実写の「新感染」がアニメ的で、アニメの「ソウル・ステーション」が実写的である、という面白い試みの二部作です。(※20180228追記:「我は神なり」記事が追加されました

 「新感染」ではあくまでも背景に留まっていた政府批判ですが、本作ではソウル駅周辺のホームレス増加、あまりにもリアルな若者の貧困問題、そして何よりゾンビ発生による暴動をソウルを舞台とした民衆に映して書くことで、放水銃および催涙弾が市民に放たれ死者が出る、という近年のデモそのものの事態を尽く画面に映し出すことにより、極めて直接的な政府批判映画となっています。

ソウル・ステーション

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 唯一見られたユーモアは映画後半に登場する彼の着ているRed Devils、「Be The Reds」Tシャツがエクスクラメーションマークから「Be The Reds?」に変更されていること、くらいでしょうか。「共産主義者(=北)の陰謀だ!」と叫びながら、その象徴である「赤の服」にて――、反共国家であるはずの韓国が02年日韓ワールドカップのスタジアムを染めた服を着ているのは、そういう種類の悪い冗談です。

ソウル・ステーション

  劇中最後の場面、母子像を使っての彼女の不意打ちが通じないのはもちろん、この世界では祈りが通用しないことを意味しています。ショッピングモールが死者で溢れかえるように、所得格差の象徴=空っぽのモデルルームであってさえ死者で埋め尽くされていく。かれらはバリケードを超え、もはや今のソウルにはどこにも逃げ場はないことを示し、まさに「死者たちの夜明け」=DAWN OF THE DEADを見せつけ、映画は終わります。

ソウル・ステーション

 この二本に関してはゾンビ映画史を更新した、というよりも、人間ドラマのために奉仕するパニックシチュエーション製造道具――ないし腐臭を放つセルフパロディの展覧会と化しジャンルとしての本来の魅力を失っていたゾンビ映画を元々の構成に再度向け直した、という点に意義があります。ロメロが今年「ロード・オブ・ザ・デッド」制作半ばにて亡くなり、ゾンビはますますただのパニック装置となっていくのだろう、と諦めていた最中にこのような作品が出てきてくれたことに、「ナイトライダーズ」の一説を思い出さないわけにはいきません。

You got to fight for your ideals, and if you die, your ideals don't die.