韓国映画「地球を守れ!」について:アリ・アスター、「パラサイト」との相性そのほか

地球を守れ! アリ・アスター

チャン・ジュヌァン:”「ミザリー」に出会ったとき、すごく好きな映画だと思った。でもあの映画のキャシー・ベイツはただのいかれたビッチだ。誘拐を題材とした映画を撮ろうと思っていたが、違った視点ーー誘拐犯の視点から書かなけりゃいけないことも理解していた。そのときレオナルド・ディカプリオは地球征服のため全女性を誘惑しているエイリアンだ」っていうディカプリオのアンチサイトを見つけて、考えがまとまったんだ”

Leo DiCaprio: Alien Seductor? So Says Director Jang Jun-Hwan. | The Village Voice

 韓国のカルトSF映画地球を守れ!」の英語版リメイクが発表されました。監督はオリジナル版同様「ファイ 悪魔に育てられた少年」のチャン・ジュヌァン。2003年に公開された本作は彼の長編デビューフィルムです。
プロデューサーには「ヘレディタリー/継承」「ミッドサマー」で一躍ホラー映画の異端児となったアリ・アスター。製作は「パラサイト 半地下の家族」のCJエンタテイメント、エグゼクティブプロデューサーには「パラサイト」同様ミキー・リーの名が上がっています。

 日本では第4回東京フィルメックス/TOKYO FILMeX 2003で公開されたのちDVDスルーとなりましたが、モスクワ国際映画祭監督賞、大鐘賞映画賞新人監督賞を受賞しており一定の賞賛が寄せられると共に、カルト的な人気がある作品と評されています。また2016年には舞台劇としても演じられました。 上にあげたように、妄想に支配された主人公による「ミザリー」の逆視点の物語は舞台劇にももってこいでしょう。が、本作はあまりにお気楽なパッケージからはかけ離れた陰鬱な雰囲気、次々と反転する筋書き、無作法に投入されるコメディ要素と、あまりにも一筋縄ではいかない内容となっています。以下、最後の結末までには触れませんが、多少のネタバレを含みます。

移り変わり、跳ね回るジャンル

 映画は暗闇の中、ゴーストバスターズのハリボテのような手製のコスチュームに身を包んだ主人公・ビョングが壁に次々とスライドを映し出すところ始まります。彼はアンドロメダ星からのエイリアンが地球を攻撃するために既に地球に潜入していると信じ込んでおり、製薬会社役員・カン氏が星への連絡役であるとガールフレンド・スンニに説明します。地球破壊命令を連絡するタイミングである(と彼が信じ込んでいる)皆既月食の7日前、地下駐車場で酒に酔ったカン氏を誘拐。アンテナ(であると彼が信じ込んでいる)髪を剃り、地下に投獄。電流を流し、瞳に薬液を噴射し、脚を破壊する…といった狂気の拷問を始めます。

 これらの展開の中、サブストーリー的に主人公である監禁者の過去が描かれます。学校・職場でのハラスメント、恋人が政府の弾圧によって殺されたこと、重労働で父親は腕を失い、その暴力から自分を守ってくれた唯一の肉親である母親は製薬会社の実験の被害者になり植物状態になっていること……。血をもって「すべて死ね」との決意を握る彼がどのように狂気に染まっていったのかを描くとともに、「彼は全て正気のうえでこの役員を監禁しているのではないか?」という想いを抱かせることになります。

 事件を追ってビョングのもとまでたどり着いた刑事を返り討ちにし、脚を完全に破壊すべく斧を振りあげた彼にカン氏は、「自分はアンドロメダ星人」と白状します。人類の過ちの歴史ーー核で一度滅び、既に一度誤った人類に再度のチャンスを与えた結果が現在の人類であり、更に人類のDNAに含まれる破壊衝動因子を削除すべく実験を行っている。ビョングの母親が意識不明なのはそのためであり、実験をストップするならば車のトランクにあるベンゼンのパッケージが貼られた瓶の中身を飲ませれば彼女は目覚めるーーと。

 そしてこれらの展開のあと、「主人公は狂っている=カン氏は被害者」「主人公だけが正しい=カン氏は宇宙人である」という物語の軸が目まぐるしく交互に反転し続けることになります。

なぜ今「地球を守れ!」なのか

 本作が仮に彼の主観的宗教体験と狂気のみによって描かれていたとしてもサスペンスの傑作となっていたと思いますが、本作には2つの外部の視点が導入されています。ひとつはビョングの反抗に加担するガールフレンド・スンニ。彼女はビョングの語る妄想に従いながらも信じ切ることができず、物語の序盤で離脱します。そしてサイドストーリーとして描かれる2人の刑事はあくまでも狂人としてのビョングを追跡し彼に迫ることで、周囲から見た彼の姿を浮き彫りにしていきます。

 さらに物語の空気も2つのカラーに明確に分かれています。暗い地下壕の中でのシリアスな拷問劇、ならびにどうしても同監督の2017年作品1987、ある闘いの真実に描かれた光州事変を彷彿とさせる軍による市民弾圧・虐殺のカットーーに全く似つかわしくないコメディ的なアクションシーン、繰り返しリフレインされる"Over the Rainbow"、どうにもやる気のない警察の部隊長と2人の刑事の「相棒」にも似た笑えるやりとり。これらを見ているうちに、観客はどのような感情を持って良いのかわからないまま翻弄され続け、最終的にとんでもない落とし所に着地します。

 冒頭より1時間ほどはジャンル映画としての決まりを守りつつ、次々と物語を転がしていく……というのは正しく前述の「パラサイト」が行っていたことで、かつ本作も虐げられてきた側の肥大した妄想をもとに社会・世界への復讐を代行する、というテーマは当然「ジョーカー」「Us/アス」にも通じるものがあります。このような点ではまさに今の時代に撮られるべきである作品のように思います。

ミキー・リー:”「パラサイト」の成功から我々が学んだことの一つは、どの国でも観客たちは様々なテーマ、ジャンルの絡み合った複雑な映画を楽しんでいるということです”

Ari Aster Teaming with ‘Parasite’ Studio to Remak Popular Korean Film | IndieWire

 そしてこの製作陣にアリ・アスターが加わることでどのようなねじ曲がった物語になっていくのか、非常に期待が持てるところであります。機能不全家族、不気味な交霊会、土着宗教の残る村への訪問といったホラー映画では「ありがち」といえる舞台設定から思いもよらないエンディングへと物語を転がして見せた彼が、どのように手を加えるのか? 正直なところほとんど見当がつきません。発表が待たれる一作です。

2001 imagine

チャン・ジュヌァン 2001 imagine

 多くの監督のデビューフィルムに共通することながら、「地球を守れ!」もまた彼が初期に作成した短編映画が元になっています。22歳の卒業制作として製作された30分の短編映画、タイトルは「2001 imagine」(原題:2001 이매진)。ジョン・レノンの生まれ変わりだという妄想に取りつかれた男が、自身を虐待した父親の自殺と母親の病をもって更なる狂気の渦に入りこんでいくというプロットはほぼ「地球」と同一のものですが、本作は短い時間と省かれたSF要素、更にジョン・レノンの暗殺という史実をベースにすることでより写実的で救いのない結末が訪れます。
英語字幕版がMy Beautiful Short Films 4に収録されていますが輸入が必要なため、視聴ハードルはかなり高いかと思います。このタイミングで「地球」と合わせて是非、ストリーミング配信をしてほしいところです。