「ザ・ボーイズ」 ヒーロー映画のパロディは何を描くのか

ザ・ボーイズ

 「ザ・ボーイズ シーズン1」がAmazon Prime Videoで配信されています。スーパーヒーローが当たり前のように存在し、市民を悲劇や戦争から守り、目からレーザーを放つ鋼鉄の男が鳥よりも早く空を舞うアメリカを舞台にしたブラック・コメディ・ドラマ(全8話)です。ヒーローを軸としたグッズ販売、映画展開、タイアッププロモーション等で多大な利益を得ている巨大産業企業:ヴォート。そこに所属するのは利益と自らのエゴを追い求め、私欲と名声に支配されたスーパーヒーローチーム・通称「セブン」。そのセブンに加わることになった若き新メンバー・スターライトは組織と自分の理想とのギャップに苦しみ続ける。一方その頃、電器店で働くしがない青年・ヒューイは恋人を俊足ヒーロー・Aトレインに「轢殺」され、悪びれもせず罰されないヒーローたちに対する憎しみを募らせていた。各々志を持つメンバーが集い、悪のヒーローに対する市民自警団・「ザ・ボーイズ」の逆襲が始まる……というのが本作のプロットです。

 過剰ともいえるバイオレンス描写と終始陰鬱なトーンで描かれる画面には驚かされ続けます。ヒーローたちが鎮座するのは光さすヴォートのオフィス(スターク・タワーそのまま)。一方ヒューイらが駆け回るのは隠れ家であり、暗く湿った地下線路の中です。富を喰らい尽くす特権階級としてのヒーローと、夢を吸われ続けるだけの弱き民衆の対比……及びそれらへの「逆襲」という構造には屈指の名作「ファイト・クラブ」を感じさせるものがあります。
 「ファイト・クラブ」が拡大を続ける資本主義社会へ叩きつけた中指であるのならば、本作中繰り返される傍若無人なヒーローの姿は現代アメリカを象徴したものでもあります。何より第一話の中盤から示されるのが、立場を利用し行為を伴うセクシャルハラスメント。企業・団体による政治家へのロビー活動、隠蔽と脅迫。何食わぬ顔で虚構を述べる責任者の姿、多様性を否定するキリスト教原理主義者、アスリートのドラッグ中毒。それらを憮然と突きつけてきながら、コミカルなトーンでさぁ笑えよとばかりに突きつけてくるのが本作の製作を務めるコメディアン、セス・ローゲンです。日本では金正恩を精一杯揶揄した「ザ・インタビュー」の監督といえばわかってもらえるでしょうか*1。この一点をもって、本作はただの「ヒーロー映画のキャラクターを借りた悪ふざけ二次創作」ではないことの証左となっています。

クイーンメイブ

 指摘するまでもなく、本作のキャラクターは誰もが知っているヒーローたちの完全なパロディです。鋼の体に星条旗を背負うホームランダーは誰が見てもクラーク・ケントことスーパーマン。クイーン・メイブは銀の腕枷にティアラまでワンダーウーマンそのままであり、A-トレインは「フラッシュ」。イルカと話す男・ディープはアクアマン…と、バットマンを除いたジャスティスリーグメンバーほぼそのままとなっています。バットマンに相当するのは原作版"Tek Knight"(スーパーパワーを持たず、代わりにテクノロジーの力によってヒーローとなるキャラクター)か、とも思いますが、ドラマ版では代わりに登場したブラック・ノワールに統合されていそうです*2トランスルーセントはドラマ版オリジナルキャラとなっていますが、その語源としては「サイボーグ」。スターライトは差し詰め2代目「ドクター・ライト」になるでしょうか。本作のメインとなる物語の目的はザ・ボーイズによるヒーローへの復讐ですが、ヒューイとのちに知り合うことになるスターライトの視点が、「真のヒーローとはなにか」というもうひとつのテーマを浮き彫りにしていきます。

 高度なパロディ映画は、ただ既存のなにかを真似たうえで茶化すものだけでは終わりません。それはジャンル自体への自己言及と等しいためです。例えば本来は本作の主役を演じるはずだった――サイモン・ペグが主演する「ホット・ファズ」は刑事もののパロディを詰め合わせたコメディですが、それは同時に腐敗した警察組織のかたちを描き、正義が行うべきことを示した作品です。*3同じく「ショーン・オブ・ザ・デッド」も、ゾンビものの極めて優秀なパロディですが、本来あるべき軸をズラして笑いをとればとるほどにゾンビ映画のテンプレートに収束していくという稀有な作品でした。パロディ映画としての「ヒーロー映画」は、ヒーローとは、すなわち正義とは何か、という命題に――ときには、下手なヒーロー映画そのものよりも――どうしても立ち向かい続ける必要があります。

 さて、本作を見終えて誰もが真っ先に連想するのは「ウォッチメン」でしょう。戦中から冷戦期のアメリカに自警団としてのヒーローが実在する架空歴史をもとに、自分の正しさを追い求める非公認ヒーロー・ロールシャッハと全世界最高最強の男・オジマンディアスの対立を描いたアラン・ムーアのコミックであり、同時に原作*4ザック・スナイダーが映画化した作品です*5。多大なる犠牲を払いながらも、世界を平和に”導いた”オジマンディアスと自らの正義を貫き爆死したロールシャッハどちらが真の正義であるのかは読者の判断に託されています。

 もう少し「ウォッチメン」よりも「ザ・ボーイズ」に近い作品をあげるとするならば、日本のアニメ「タイガー&バニー」、及びその元ネタ――企業タイアップ・ワッペンをつけたヒーローがスクリーンに現れた最初の作品、だと思っています――であると勝手に私が確信している1999年公開、ベン・スティラー主演「ミステリーメン」でしょう。

 実は悪そのものであったヒーローないし雇い主に対し、負け犬ヒーローが自らの正しいと信じる行為を以って反旗を翻す物語はT&Bの先駆けであったと思っています。そしてこちらも当然のごとくコミック原作。のちに「300」シン・シティ」「ヘルボーイ」が映画化されることになるダークホースコミック社から発行されています。

 アメコミ原作でないものではディズニー・ピクサー作品「Mr.インクレディブル」「インクレディブル・ファミリー」。引退した中年ヒーローを通じてミドルエイジ・クライシスを描いたかと思えば、二作目でが女性の社会進出と活躍をテーマにしてみせました。「レゴバットマン ザ・ムービー」はチープな子供向け映画と見せかけながら、たくみにバットマンの孤独・悲哀と"人生最大の敵を失ってしまったヒーロー"という面白さが光る作品でした。名作と呼ばれる作品の多いバットマン・シリーズというくくりで見て、近年でもティム・バートンの精神を継いだ最も好きな作品かもしれません。また、このようなパロディはドリームワークス製作の「メガマインド」、すなわち"ヒーローを倒してしまった悪役のその後"がアイデアとしては先行しています。

 ヒーロー映画のみならず、ジャンル映画というものは非常にはっきりとしたテンプレートが存在します。その本来の軸からずれればずれるほどに、ジャンルの軸を理解している我々は笑うことになります。ただそこで止まっているだけではつまらない。そのずらされた軸とは製作者が最もその作品を通じて伝えたいことと同義なのです。であるからこそ、マーベルコミック、DCコミックという本家本元のヒーロー・コミック・パブリシティは、自社でも自社キャラクターを使用した大量の”パロディ”を今も発行し続けています。現に「ザ・ボーイズ」のライターであるガース・エニスは「パニッシャー・キルズ・マーベル・ユニバース」……即ちスーパーパワーを持たないヒーロー・パニッシャーがマーベルヒーローを次々殺していく、マーベル屈指の異色作のライターでもあります。マーベル、DCコミックスにおいては鏡面世界の悪のジャスティスリーグが登場する「インジャスティス・リーグ」、ヒーローたちが全員ゾンビ化しコズミック・ヒーローまで喰らい尽くす「マーベル・ゾンビーズ」。そもそもの出発点がスーパーマンのパロディキャラクターである「Ultraman」は1964年に紙面に登場しています。
 有名どころではご存知「デッドプール」などは既存のヒーロー・コミックの”決まり”を破ることを主にした作品でしょうし、それは近年の作品である「グウェンプール」などにおいてますます加速していきます。ヒーローについて語る上で、それと正反対の悪役を出す、即ち"パロディ"という手段は欠かせないひとつの手法になっています。それはヒーロー・コミックの正しいかたちであることは、(具体例は上げませんが)マーベル・シネマティック・ユニバース作品において多くのヴィランたちが「ヒーローが堕ちていたかもしれない存在、その写し鏡」であることからも理解できるのではないでしょうか*6

 「ザ・ボーイズ」の製作プロダクションはSony Pictures Televisionです。ソニー・ピクチャーズといえば2019年、「ガーディアンオブギャラクシー」監督のジェームズ・ガン*7がプロデュースを手がけたやはりヒーロー・パロディー映画「Brightburn」が同社の製作にて公開されました。脚本は彼のいとこであるマーク・ガン。及びジェームズの兄弟であるブライアン・ガンです。

これは”もしスーパーマンが少年時代、自らを迫害する人々への憎しみを高めていったら"というガンなりの壮絶なブラックジョークを思わせるホラー作品となっています。日本公開は未定ですが、8月後半にUSでのBDが販売されることもあり、俄然注目の一作です。同作の予告編では主人公・ブランドンのアイコンとして”光る眼”が登場しますが、「ザ・ボーイズ」でも同様の演出を以って終わります。シーズン2の製作が既に発表されている本作、原作コミックとは既に全く異なる方向に舵を向けています。どう転がしていくのか、何を描いてくれるのかシーズン2が大変楽しみな一作であり、しようしようと思っていたAmazon Primeの解約にまたしても失敗しました。絶妙なタイミングでこういう作品を出さないでください……。

 ……最後に一作、「ただのヒーローパロディ映画」をあげておきます。一言付け加えておくなら、嫌いではないです。悪ふざけだけで構成された作品ですが、どうしてもという方は是非、サム・ライミ版「スパイダーマン三部作を見てからご覧ください。

*1:ただ彼の関わる作品としては、「ディス・イズ・ジ・エンド 俺たちハリウッドスターの最凶最期の日」をあげたいところです。「携挙」という題材を以って、ハリウッドスターを皆殺しにする大馬鹿映画には大いに笑わせてもらいました

*2:第6話で現れたロゴの形を見る限りは明確に「ブラックパンサー」のオマージュですが。

*3:少し盛りました。そして結論が「そうなっていない」のが本作の笑いどころなのですが。

*4:いつも通り、アラン・ムーアはクレジットへの記載を拒否しています

*5:10月スタート予定のドラマ版については現状黙秘します。

*6:もちろん、すべてを無視するタイプの作品も多数あります……。

*7:もちろん彼の出世作がGotGであることに疑いの余地はありませんが、「スーパー!」はヒーロー映画のフォーマットを踏襲したグロテスクで愛らしい傑作でもありました。「トロメオとジュリエット」を出すまでもなく、ガンは素晴らしいパロディ作家です。