エドガー・ライトと音楽 「ベイビー・ドライバー」予習編としての「ワールズ・エンド」復習編

 ベイビー・ドライバー

エドガー・ライト最新作「ベイビー・ドライバー」を見てきました。事前情報を極力カット、事前に公開していたオープニング6分間どころか予告編が流れれば目と耳を塞ぎ、役者の顔すら入れないようにポスターどころかWebニュースからも極力目を逸らし、「監督:エドガー・ライト」以外の情報を完全に排除。おかげでしばらくWIREDが読めなくなってしまいました。

本作はイギリスでのプレミア上映時"CAR CAR LAND"の名で紹介されたとおり、カー・アクション、ガン・アクション主体の音楽、ミュージカル映画となっています。車がいかに踊るのか? 火薬が何を歌うのか? という件の詳細についてはあらゆるメディアが既に触れているかと思いますのでここでは触れません。本稿ではエドガー・ライトの「真のミュージカル映画」とでもいうべき、前作「ワールズ・エンド」について触れることにします。

とはいっても、「ワールズ・エンド」に主要キャラクターが歌うシーンは出てきません。車も銃も踊りません。本作で歌うのは脚本であり、シナリオそのものです。すなわち今までのエドガー・ライトが、シナリオと呼応した音楽=歌詞=伏線をいかに多用し、物語に厚みを持たせてきたか? という点、ならびに彼の作家性について説明できればと思います。

ここで「ベイビー・ドライバー」について一つ文句をいうならば、画面に歌詞が表示されない点です。ラ・ラ・ランド」における"Another day of sun"の歌詞がいかに主演2人の今後を暗示していたか、"Audition(The Fools Who Dream)" がいかに心を打つものだったか?*1 既に視聴済みの方はご存知かと思います。それは「ワールズ・エンド」、そして「ベイビー・ドライバー」についても全く同じことが言えます。歌うのが車であれ銃であれ、それぞれの楽曲には重要な物語上の意味が含まれています。

未見の方ももう見たという方も、少なくとも2回目以降は歌詞を調べてからの鑑賞をお勧めします。

以下、「ワールズ・エンド」の致命的なネタバレを含みます。また、引用部の歌詞は原文を使わず、一部の拙訳とします。これは全てを引用するとあまりにも長すぎるからです。

"Summers Magic" / Mark Summers (1991)

「ワールズ・エンド」のあらすじについてざっくり説明すると、アルコール中毒の無職中年である主人公ゲイリー・キングが昔の街を訪れ、最高の思い出であり同時に悔いでもある、中座したゴールデンマイル巡り=生まれ故郷にある12軒のパブ周りを完遂し、飲んだくれた後に自殺を図るため、当時の仲間達を引き連れて街に戻ると街は宇宙人に支配されていた――ということになります。ゲイリーの内心を知らず、ただ昔通りはしゃぎたいだけなのだ、と考えていたアンディ・ナイトリーを始めとした当時の仲間達も、街がどう考えてもおかしなことになっており、仲間が次々宇宙人の手に落ちているにもかかわらず飲み歩きをやめないゲイリーに不信を抱き始めます。

最後のパブ、ワールズ・エンドに辿り着き最後の一杯を飲み干そうとするゲイリーがアンディに「そんなにゴールデンマイルが大事か」と問われ、「他に何もない!」と慟哭するシーンはサイモン・ペグの熱演と相まって、狂気に至るしかなかった男の悲哀を十二分に表現しています。

本作の冒頭、アルコール中毒患者の断酒会にて過去の思い出を語るゲイリーの回想に合わせて流れているのがMark Summersの"Summers Magic"です。

冒頭のセリフはBBCのラジオコメディ番組 「It's That Man Again」からのサンプリングです。直訳すれば無論、"あの男が帰ってくる"という意味で、既にストーリー*2との呼応は始まっています。早口を挟み、"Are you sitting comfortably? Then we'll begin." =「着席しましたか?それでは始めましょう」も同じくラジオ番組「Listen with Mother」からの引用ですが、当然これはゲイリーが参加している断酒会――皆が車座になり、ひとりずつ体験を語っていく場という曲が終わると同時に観客に見せられる彼の現在の状況、を表しています。

本作はエドガー・ライト作品の中でもとりわけセリフや歌詞、音楽、曲名とシナリオとの対応が過剰であり、すべてをあげているとキリがありません。そしてその意味合いだけに頼るのではなく、中途に挟まれるナンバリングの際など、リズムが決まるとことでしっかりカットを切り替えるところなど何度見ても気持ちのいいシーンになっています。

"Loaded" / Primal Screen (1990)

続けて流れるのがPrimal Screenの"Loaded"。曲名の意味は「泥酔状態」、まさしく本作のテーマそのものであるこの曲のイントロ、日本語上映版でもしっかりと歌詞をつけていたはずです。*3その演説部はまるごとラストにゲイリーによって繰り返されますが、こちらはB級映画の帝王、ロジャー・コーマン最大のヒット映画「ワイルド・エンジェル」のサンプリングとなっています。最悪の環境で労働力として酷使され続け、最後は警察に暴行され死んでいった仲間を「彼は優秀な神の子だった」とした神父の演説に不良グループのリーダーが叫びます。

(「こいつの人生を教えてやろう。人生はこいつの翼をもぎ取り、働かせて家賃を払わせ、土に埋める。俺らは神の子じゃない。地獄の天使だ」)

「君たちの望みは何だ」

「神がなんだ。自由にさせろ。飲んだくれて楽しむ。好きなことをする。パーティーをやるんだ」

「ワイルド・エンジェル」における最悪の人生とは、学生時代を終え、全能感を失ってからのゲイリーの現状そのものでもあります。本作のラストではゲイリーが「神」を気取る宇宙人にこの演説を突きつけ、地球から追い出すことに成功し、前哨基地であった「ワールズ・エンド」は破壊されます。そして「ワイルド・エンジェル」でも同様に、不良グループのメンバーたちは神を気取る神父を殴り倒し、暴れ、教会を破壊します。

"There's No Other Way" / Blur (1991)

続いてBlurの"There's No Other Way"。ゲイリーが当時の愛車に乗り、アンディら当時の仲間の前に現れるシーンに流れ、車のドアを閉めると同時に消える。すなわちここに来るまでの間にゲイリーが聞いていた曲です。

「楽しみはいつだってお前の手にある。俺は何も考えたくない」

「他に道はない。他に道はない」

これは先述した「そんなにゴールデンマイルが大事か」以後のゲイリーが吐露する現在のアンディへの妬みまたは、ないしまさに二度と帰れない、死出の旅に出ることの決意と受け取れます。この曲が劇中で流れるのは7秒間、しかも歌詞のあるパートは一切使用されないにも関わらずこの選曲をすることから、いかにエドガー・ライトが「映画」を作り込んでいるかをわかっていただけると思います。

"So Young" / Suede (1993) "Old Red Eye is Back" / The Beautiful South (1992)

Suedeの"So Young"はゲイリー達が当時の街をオープニングシークエンス同様のスタイルで歩くシーンに、"The Old Eye is Back"はゲイリーがFirst Post、最初のパブに入るシーンにかかります。

なぜなら俺達は若く いくらでも前に進めるから
電流にだって乗る事が出来る そうだろ?
俺達はとても若い だから前へと突き進める さぁヤクをキメようぜ

赤目の酔っぱらいが帰ってきた
前の晩の その前の晩から飲みつぶれて
間違ったバーに
間違ったドアに

"The Old Red Eye is Back"は"There's No Other Way"同様、イントロのものの数秒しかかかりませんが、酔っぱらいの赤目=ゲイリーが、既に決定的に変わってしまったバーに帰ってきてしまったことをこの短い時間の中で表しています。あまりにも短すぎて本場イギリスのファンでも気づくことはほぼ不可能かと思いますが。

"Alabama Song(Whisky Bar)" / The Doors (1967)

www.youtube.com

本作で最も「MVらしい」のは"Alabama Song"です。こちらも日本語字幕が入っています。

街がすっかり宇宙人に征服されていることに気づき、それを「気付いてない」と思わせるためにパブ巡りを続行しよう、という無理矢理な理屈のもと流れる曲です。シチュエーションと完全に合致した歌詞を持ってきたうえ、マヌケな音楽と千鳥足とをぴったりあわせた映像がおかしみを誘いながら、同時に非常にしっかりした絵作りの力を感じます。本作の白眉でしょう。

教えてくれよ
次のバーへの道をさ
なんでかは聞くなよ
なんでかは聞くなよ

もし次のウィスキーバーが見つけられないと
なあ 俺達死んじゃうよ
なあ 俺達死んじゃうよ

"Step Back In Time" / Kylie Minogue (1990)

Step Back in Time、文字通り「昔に戻ろう」という意味ですが、作中ではバー「マーメイド」に現れる「マーマレードサンドイッチ」、即ちオープニングシークエンスでも登場していた金髪・赤毛・金髪の学園三人娘が当時のままの姿でゲイリー達を誘惑します。死んだはずのサムの初恋の相手まで現れます。宇宙人に「なり変わられる」ことで美を保っている昔のアイドルが、ディスコミュージックにのせて「あなたも昔の姿に戻りましょう」と語りかけてきます。

昔を思い出して
オージェイズを忘れないで
リズムにのって

音楽を止めないで
愛の電車に乗るの
天にも昇る気持ち
あなたは間違ってない

昔に戻りましょう
昔に
昔に戻りましょう

Happy Hour / The Housemartins (1986)

エンディングのスタッフロール曲です。

ゲイリーは街を侵略していた宇宙人を撃退しますが、ニュートンヘイブンを発端とした爆発により文明は一気に後退。世界は一夜にしてマッドマックス2以後の世界になります。そして新しい秩序が生まれた世界でゲイリーは再びリーダーとなるべく、酒の力も必要とせず、過去の従者たちを引き連れてゲイリー・キングとして旅に出ます。彼にとってはいままでの世界、常識の方が違っていたのです。彼の心情と対応するような無邪気なナンバーが今の状況を最大限肯定し、幸せな時間=ハッピーアワーの到来を告げ、映画は終わります。

こいつらと出てこなかったら 平穏な生活だったかもしれない

暖かくて最高で 酒も飲めた

いいところそうじゃねえかって?

信じないからな

あいつらは俺とは違う

俺にはどうせ起こらないことだ

あいつらは俺とは違う

俺には関係ない

ハッピーアワーがやってきた

補遺

全曲を紹介するとあまりにも長くなってしまうため、ここではいくつかの抜粋に留めました。他にも物語の終幕にthe Sundaysの "Here's Where the Story Ends" =「物語の終わる場所」が引用される*4など、サウンドトラックに含まれる全楽曲がストーリーを暗示しています。またそれらの曲が「ゲイリーが青年時代だった1990年前後」からのみ、選曲されています。

この形式をとり、世界中で大ヒットした映画が「ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー」(2014)です。主人公、スター・ロード=ピーター・クイルが少年時代、母親に託されたミックステープを聞き続け、彼の感情、ストーリーの状況に呼応した曲が、もちろんキャラクターのアクションとしっかり連動して描かれるレジェンド級の名作です。*5 奇しくも「ガーディアンズ」の監督ジェームズ・ガンも、エドガー・ライト同様コメディ、オフビートな笑いを得意とする脚本兼任監督です。

そして「ワールズ・エンド」のイギリスでの公開は2013年。つまり世界的な大ヒット作となった「ガーディアンズ」に「ワールズ・エンド」のアイデアは先行していたわけです。更にエドガー・ライトは「ガーディアンズ」の「エイジオブウルトロン」を挟んでの次作となるMCU映画、「アントマン」の監督としてオファーされており、実際に「ワールズ・エンド」撮影直後にプリプロを行っています。

「ワールズ・エンド」の手法が「ガーディアンズ」にほぼまるごと用いられてしまった後、彼が撮るはずだった「アントマン」がどのようなものになったのか? 今となっては見ることは敵いません。

 

さて、エドガー・ライトの作風として過去作(特にコルネット三部作)に一貫しているのは以下の条項です。

(a)これから起こる展開をなんらかの形でセリフとして明示する

(b)細部の小ネタの数が凄まじく、異常といえるレベルにまで達している

(c)楽曲を用いる場合、歌詞、曲名にしっかりとストーリーテリング上の意味をもたせ、その上でMVとしても遜色ないほどのリズム感のもと映像をつくりあげる

 

(a)については「ワールズ・エンド」のゲイリー・キングがニュートン・ヘイブンに到着し、モーテルの受付に語る「これからのパブ巡りスケジュール」が全て別の形をもって現実化します。更にパブ巡りが始まって以降は、オープニングに提示された20年前のパブ巡りで起こった出来事――ヤクの調達、ピーターの脱落、アンディの暴走――をなぞるように全ての事例が進行していきます。また「ショーン・オブ・ザ・デッド」においても、失恋したショーンをバーで慰めるエドが語る「これからの計画」がやはり映画の展開と呼応しています。

(b)は「ホット・ファズ」におけるあらゆる刑事映画のパロディ、「ショーン」ではゾンビもののパロディ、「ワールズ・エンド」では看板イラスト、ないしバーの名前がそのバーで起こることを予言しています。キャラクター名もゲイリーの「キング」に対しアンディ・「ナイト」リー、スティーブン・「プリンス」と王とその従者に対応しています。 *6 またオープニングシークエンスにて"Only Mouth"(口だけ野郎)と称されたキャラクターは後半、まさに口だけになってしまいます。

ここまでは「ワールズ・エンド」においての(c)のみについて述べましたが、「ベイビー・ドライバー」にはやはりこれまでのエドガー・ライト作品同様、(a)(b)(c) の全てが盛り込まれています。作風は今まで彼が撮ってきたコメディとは異なる比較的ダークな強盗ものとしての側面が強いですが、やはりエドガー・ライト作品なのだと納得させられる出来でした。

もしこれから見に行く方がいましたら、その点を頭の隅に置きながらご覧いただくのも別の楽しみ方ができるかもしれません。

最も、こんなことを考えないほうが楽しんで見られるのかもしれませんが。

*1:これについては「Guardians of the Galaxy Vol.2」における"Mr.Bluesky","THE CHAIN"にも文句をつけたいところです。

*2:コルネットシリーズそのものへの言及、との意味合いももちろんあるでしょう。

*3:本作の字幕監修は「ホット・ファズ」を劇場公開にこぎつけた町山智浩です。

*4:そしてこちらの歌詞はゲイリーの実情に呼応するように、明確に他人への劣等感を歌ったものです。

*5:特に"Come on get your love"がかかるオープニングは本作のオープニング同様、シーン単体で繰り返し何度でも見てしまいます

*6:ベイビー・ドライバー」においては「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズのキャラクター名が引用されています。